大井一彌です。こんにちは。
良い歌ってあるよね。ふと口ずさんでしまうような。
そういう良い歌って、
バンドやオーケストラの豪華な伴奏で歌っても、アコースティックギターの弾き語りで歌っても、アカペラであっても、そのメロディと歌詞があれば成立しますよね。
良い歌には、極論どんなバック演奏がついたって、良い歌には変わりないんです。根幹にあるのはもちろん歌。歌ありき ってやつです。
バンド音楽なんかは、歌に加えて、ギターのバッキングやリフなどがその曲の根幹の一部分とされるケースもある。
このかっこいいギターリフが無きゃ成立しないよ
って曲、あるよね。
“管弦楽”とか”吹奏楽”とか、扱う楽器の種類を制限して、音色の制限をその音楽のアイデンティティとすることもあるね。民族音楽とか古典音楽には多い。
雅楽にクラリネットは登場しないのだ。(基本的には)
その音楽の中で重要なものはどれだろう
という楽しい研究ですが、
要は、
音楽を摂取するにあたって、その曲のどの部分に一番栄養があるのか
って話のように思えたりもします。
そこで、
ear candy という言葉をご存知でしょうか
これは、
お耳に与える飴玉。
音楽制作のハウツーの一つで、楽曲を装飾するために使う、耳に気持ち良い効果音の事らしいです。
それらは、メロディやコードやリズムといった、楽曲の根幹を担う要素ではありません。曲を聴いてて飽きないようにするための、あくまで添加物なのです。
「次のサビに移るとこで、シュワ〜⤴︎みたいな音入れて、盛り上げ演出しよう」的な事です。
どっちみちサビメロが鳴ればそのパートはサビな訳ですから、コードでもメロディでもない効果音なんてものは、実に取るに足らない、栄養の無いものなんです。
ですが僕はこれが大好きでして。
高揚したり落ち着いたり、色々な感動の素になる栄養を、歌メロや歌詞に込められたメッセージから摂取するひとが多い印象ですが、
僕は、そうじゃないものにも栄養があると思っています。
例えば、

お刺身の盛り合わせには、お刺身の美味しさを引き立てるための実に様々な飾り立てのアイディアがありますね、
皿に魚の切れ端が置いてあるだけでは味気ないので、氷や葉蘭を敷いたり、ツマを盛ったり、他にも季節の野菜など、魚と一緒に食べると美味しい薬味を美しく添えたりします。
でも、この素敵な刺身盛りの、”主題”のみの状態、一番大事なものだけにした状態とはどんなもんでしょう。

なんと、実に味気ない。けれど、これらが美味くなければ、どんなに飾ったって意味が無い。と言われます。音楽で言うところの、メロディや基本のコード進行にあたる部分 と言えるかもしれません。
そして、刺身の乗っていない刺身盛りがこちらです。

この気持ちはなんだろう。
美しい飾りのみの状態です。主役不在。
こんなの誰も望んでない って感じがします。
ですが僕はここに何か、そこはかとない良さを感じるのです。
飾りや脇役のみが並べられた虚な美しさも僕は大変好きなのです。
摂るべき栄養も無くただ美しい有様だけの存在
と言ってしまうとあまりにも無益で下らないものに思えますが、
点睛を欠いた画竜の放つ魅力とでも言いましょうか、
本質性を欠いた主題の無い何かに少しでも良さがあれば、それのみを享受することも可能なのではないかと僕は思います。
ear candyのみをペロペロするような音楽を作ってみたいです。快感のみで構成された本質性の薄い音楽。
それは掴みどころが無くて、頭にも心にも残らないけど、じんわりと気持ち良い感じだけが持続する音楽になるのではないか。
そんなモットーをニューエイジ的なサウンドスケープで纏めて、みなさんにお届けしたいです。そのうち。